top of page

山苞(やまづと)の道

​YAMADUTO NO MICHI

山辺の県道より一本南側にある農免道路。
田主丸町には「山苞の道」という、美しい日本の歩きたくなる道 に選ばれた道があります。風景を守りながら、その美しさでもてなす、人々の心をつないだ一本の道の物語です。

美術館を

建てるよりも

山辺の県道より一本南側にある農免道路。人々はこの道を「山苞の道」と呼びます。
故郷の田主丸に再び居を構えた画家 西田豊さんが、耳納の里に美術館をと呼びかけ、平成6年にできた会がことの発端でした。
会合を重ねるうち「いきなり美術館を建てる前に、文化的な意識を高めるため農免道路に愛称をつけよう」ということになりました。

ひとつの名前が

つないだもの

平成7年、333通の応募の中から選ばれたのが渡辺靖子さんの「山苞の道」です。
「苞」は、ワラに包まれたみやげものという意味があり、源氏物語の中にも「山苞にもたせ給へり紅葉」という句があります。
山苞の道とは、山に包まれた道、そしておみやげの多い道。
やがて会の名前も「山苞の会」となり、美しく心ふれあうやすらぎの山里づくりがはじまりました。

絵画、陶芸、染色、工芸の作家が暮らし、巨峰や植木・苗木の産地として豊かな環境を守ってきた山苞の道沿いでは、翌年から、11月の文化の日に合わせて「来て見てん山苞の道」が開催されています。道を中心に、山里をゆっくりと歩いて見てもらいながら、手に心におみやげを持ち帰ってもらおうというこのイベント。歴史・旧跡とともに、油絵、木版画、染め物、人形、手作り家具と、そこに暮らす人々の手による作品が並ぶギャラリーやお店、観光農園などが人々をあたたかく迎えます。

「来て見てん山苞の道」ポスター

「山苞の道」の看板

「山苞の道」の看板は、300年続く酒蔵、若竹屋酒造13代目であり巨峰ワインの創業者、林田伝兵衛さんが中心となって、この道をヨーロッパの田舎道の風景みたいにしたいとの思いで作られたものです。その趣きのある風情は、山苞の道の顔として、また写真撮影のスポットとして、訪れる多くの人々に愛されてきました。

2020_05.jpg

風景は何よりの宝もの

ワイン工場や紅乙女をはじめ、手づくりのパンやジャムなど美味しいものとの出会いもあり、風景と食事を楽しめるお店も増えました。
訪れる人々が増えることで山里がかえって汚れないよう、草を刈り、花を植えます。
心ある人に来てもらえればという考え方が、山里の美しさを守ってきたのです。

小さな旅を探しにきました

耳納の山の麓に美術館をつくりたいというひとつの想いに、多くの人々が集まりました。
時がたつにつれ、その発想は建物という枠をこえ、そこに暮らす人々の生業や文化をつなぐといういきいきとした「かたち」となりました。
以来、山苞の道沿いには、つくりべの人たちやリタイア後の生活を楽しむ人々が数多く移り住んでいます。
「山苞の会」は、住民が中心となった活動が高く評価され、平成9年度には「農村アメニティコンクール」で特別優秀賞を受賞しました。現在、会員は70名あまり。
会員のおひとりは、以前、ギャラリーの庭先で水筒から注がれた温かなコーヒーを飲みつつ、ゆったりとおしゃべりを楽しんでいた女の子たちの言葉が忘れられないといいます。
「小さな旅を探しに来ました。」
それは、山苞の道の原点なのかもしれません。

イベントの準備中

毎月第2日曜日は山苞の道の清掃活動の日です。

地域のお祭りやボランティア活動にも参加しています。

bottom of page